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記事題目

「朝鮮改革の宗教問題」

作者

松森霊運

雑誌名

『日宗新報』

号数等

538

年月日

1894年8月18日

本文

大日本帝国が朝鮮国に対し労力と財産とを吝まず彼の国独立の名実を全ふせしめんがために此の独立を侵害せんとする清国に対して宣戦の大詔を渙発させ玉ひるに至るは誠に已を得ざるに出づ故に吾人は国民の本分として宗教家の徳義として大日本帝国の光栄を発揮すると同時に義侠以て朝鮮の宗教を改革せざるべからざるを知る
朝鮮国は吾国の好意を容れて惣ての事に改良を行へり而して七月三十一日機務会議か議決裁可を得たる件十五尚ほ次回再議に附せられたるもの二則ち
一官に在て喪に遭ふ者は公除の後給仕す其喪に従ふを願ふ者は此の限にあらざる事
一僧尼入城の禁を廃する事
朝鮮国に対する先覚者たる誘導者たる日本人士は先つ道徳上の改革を断行せざる可らす道徳の司掌を度外視せば豈に振ふことを得べけんや然れども彼国の宗教家は愚の愚なるもの到底彼等の任に堪へず去れは朝鮮国は此際敏活なる我日本宗教家を聘し潜勢力の強き宗教を以て頑愚なる国民を訓諭せしむるは其国進歩の一捷径なり何となれば朝鮮の僧侶今は一人の此の大負担に堪るものなし故に勢ひ其尽力を今日の行掛り上日本僧侶に依頼するは目下の一大急務なりと信ず
今ま我宗にては臨時報国義会を設立し其の綱領に基き高僧に依嘱して朝鮮国に渡海し在韓軍隊慰藉を兼ね朝鮮国布教の立脚を定めんとす此時に当り韓国が博愛なる宗教家の王城に入るを拒まんか朝鮮国は永く不蒙に了り国民の元気永く振はず朝鮮の文化未た容易に卜す可からす余輩は朝鮮の機務会議が僧侶の京城に入るを拒むてふ違法の制度を速かに解除せずして再議に付したるを悲み再考の決議を促すこと然り

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