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植民地朝鮮の日本人宗教者
記事題目
「朝鮮の事情」
作者
釈宗演師
雑誌名
『中外日報』
号数等
年月日
1911年12月3・5 ・6日
本文
今後朝鮮の精神界を開發して行くべきものは佛敎と基督敎であらうが、基督敎に就て一言せねばならぬことがある、それは亜米利加人が基督敎を朝鮮に伝道すれば亜米利加の氣風を移し、佛蘭西人が伝道すれば佛蘭西の氣風を吹込んで居ることであつて、基督敎の學校に育てられて居る朝鮮人は本國の日本と云ふ觀念がなく、本國よりも宗敎の本國を思ふと云ふ状態である、此点に於て日本の宗敎家又は敎育家は大に注意せねばならぬ、餘は佛敎たると基督敎たるとを問はず日本主義に同化したるもので無くてはならぬと思ふ、而して朝鮮在來のものとしては真の宗敎と云ふべきものがなく、只だ舞堂に集つて祖先の霊を慰むるとか禍福を祷るとか云ふやうな有様に過ぎぬ、だから此際我が佛敎家は大に彼等を善導啓發することが最も必要である。
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